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【第10話】教育って訳がわからないけど、おもしろいうという話

大学生編

 

【第1話】なーんにもできないから、ただ諦めていたという話

【第2話】頑張ることが楽しいと思ってから人生変わったという話

【第3話】ライバルと競い合い、切磋琢磨できたという話

【第4話】バーンアウトシンドロームな上にオタクになったという話

【第5話】アニメを見て将来やりたいことが見つかったという話

【第6話】落ちこぼれて、自己否定感がマックスになったという話

【第7話】手帳をパートナーに、勉強法を武器にして人生が変わったという話

【第8話】浪人生活を過ごして失敗から学べる人間に進化できたという話

【第9話】聖地へ赴き、とりあえず部活を作ってみたという話

【第10話】教育って訳がわからないけど、おもしろいうという話 ⇐今ココ

【第11話】答えはいつも自分の中にあると分かったという話

 

学校って必要?

僕は教育学部出身の人間ですが、教師になりたいと思って教育学部に入ったわけではありません。

競技かるたができる立地条件に当てはまった大学に、教育学部しかなかったから教育学部に入ったのです。

(理学部とか工学部があれば、そっちに入りたかった・・・。)

 

だからといって、教育に対して興味がなかったかと言われればそうではありません。

入学前にも教育をもっとよくするにはどうすればいいのかな~なんてことをバカな頭と少ない知識で考えていました。

 

僕は大学に入学する前から、「学校教育はいらないのではないか?」と思っていました。

 

だって、参考書や問題集があれば自分で勉強すればいいし、教えてもらうのも塾に行ったり、家庭教師に頼めばいいからです。

最近では、ネットで安い価格で授業を受けることだってできます。

 

だから、ますます学校っていらないんじゃないかなと思っていました。

 

学校の先生よりも塾の先生の方が教え方が分かりやすいと思う人も多いでしょう。

僕も高校生のころ、そう思ったときもありました。

 

とはいっても、今僕は学校の先生をすごく尊敬しています。

教育実習に行って、めちゃくちゃそのように感じました。

すごすぎです。

ただ単に教科書の内容を教えるだけではダメなのです。

 

昔は学校教育は必要のないと思っていましたが、現在では大学での授業やボランティア体験、教育実習などを通じて勉強しているうちに、学校教育は部分的に必要だと思うようになりました。

 

新入試制度を考えると、学校って必要かも

今この記事を読んでくださっているあなたであれば、2020年度の大学入試改革の話を聞いたことがあるでしょう。

大学の入試制度が変わるのです。

 

つまり、何がいいたいかというと、今までの入試制度、特に試験問題の問われ方を考えると学校はそこまで重要ではないのですが、新しい入試制度になると学校は必要だと思うのです。

 

アクティブラーニングという言葉を聞いたことがありますか?

主体的・対話的で深い学びとも言います。

かっこいい言葉なので、多くの人が使いたがりますね。

 

アクティブラーニングを簡単に言うと、先生がテレビ番組のような司会者になり、児童生徒が能動的に(受け身ではなく)学習できるような授業スタイルのことです。

 

児童生徒に自由にしていいよと、放っておくのではなく、テーマを提供し、そのテーマに対して児童生徒の自らの活動により学ぶことを促すということです。

 

従来の授業であれば、先生が説明し、子どもがそれを聞くという講義式のスタイルでした。

つまり、教師から子供への一方的な授業でした。

 

ですが、ただ知識を教える授業ではなく、思考力や表現力などを養うための授業というものが求められるようになりました。

簡単に言うと、知識よりも考え方を学ぶほうが重要ではないかと言われるようになったのです。

 

なぜかというと、社会が求める人材は従来の授業で育つような人材ではないからです。

与えられたことができるような人材よりも、問題を自分で見つけ、様々な視点から考え、試行錯誤を周りの人たちといっしょに解決を進めていける人材が今の社会にとって必要なのです。

 

ということで、大学入試制度が変えて、その下の高校、中学校、小学校も変わらざるを得ない状況をつくるわけです。

(2020年を待たずに、大学、高校、中学校、小学校の授業も徐々に変わってきています)

これらを踏まえて僕が考えている教育についてお話したいと思います。

 

役割分担する時代が来ると思う

アクティブラーニングは知識よりも考え方を重視しているけれども、知識がいらないわけではないですよね。

 

だって、アイデアとかって何もないところからは生まれないので。

アイデアというものは、知識が寄り集まって生まれるものです。

 

ということで、知識を学ぶことをおろそかにしちゃダメなんです。

 

そして、アクティブラーニング型の授業をするということは、知識を学ぶのは家庭学習ということになると思います。

アクティブラーニング型の授業は結構時間がかかるので、知識を学ぶ時間は学校の授業ではとれないと思います。

それに、アクティブラーニング型の授業で知識を学ぼうとしても、それを定着させるのにも自主学習の時間が必要になります。

 

つまり、何がいいたいかというと、

学校ではアクティブラーニング型の授業で考え方やコミュニケーション能力、発表する能力などを学習して、学校以外の場所で知識を学ぶというように分担することになると思います。

 

学校って同級生どうしだけれども、いろんな議論や共同作業ができる環境だと思います。

というか、これこそ学校教育の売りではないかと思います。

 

もちろん、学校によっては実現できないというところもあるかもしれませんが・・・

 

今までだと、学校も塾も同じような形式で授業をしていました。

だから、学校なんかよりも塾の方がいいなんていう意見が生まれたのです。

 

しかし、役割分担することで、学校も塾も必要だということにならないでしょうか。

塾に行かないにしても、知識を定着させる家庭学習は必要になると思います。

 

だから、今の僕の考えでは、学校は必要なものです。

学校にしかできないことがあるという意味で必要なのです。

 

まぁ、同じようなことを学校以外でもしようと思ったらできるかもしれませんが、ここでは置いておきます。

 

新しい入試制度の試験でも知識がないと答えることができません。

 

だから、新しい入試制度になろうと、今までの入試制度と同じような勉強法の基礎というものを身に付けておく必要があるのです。

 

というか、一生勉強しないといけないので、勉強の基礎というのは生きる上で必要です。

勉強の基礎は人生の基礎です。

 

そういうこともあるので、僕は塾で教えるときは、教科の内容だけでなく、勉強法というものを教えるようにしています。

知識は絶対必要だから。

知識を手に入れるためには、家庭学習が必要だから。

 

僕も友達の役割分担がしたい

あっ、役割分担で思い出したのですが、僕は大学の友達とも役割分担して生きていきたいと思っています。

 

教育学部に来るような人は、本当に本質的に同じような人で、頭が狂っているような人は少なかったです。

ふざけるようなことをしていたとしても、みんな根はまじめで、教育に対してめっちゃ真剣でした。

 

みんな人が好きなんですよね。

 

それに、コミュニケーション能力も高くてびっくりしました。

話合いもうまいし、人前で話すのも得意な人が多くてびっくりしました。

 

またまた、劣等感を感じていました。

 

話を戻すと、

だから、学校教育は同じ学部の友達に安心して任せたのです。

学校教育は頼むぞ!と。

 

直接は照れ臭いので言っていませんが、気持ちは「任せたぞ!」です。

 

その代わり、僕は違う形で教育に携わりたいと考えています。

今やっている「スタディープランナー手帳塾」の活動もその1つです。

 

教育っていろんな形があっていいと思っています。

勉強だけが教育ではなく、遊びも教育だと僕は思っています。

 

それに、子供に対してだけでなく、大人に対しての教育もありますからね。

教育に年齢は関係ありません。

 

余談になりますが、社会人の方もスタディープランナーを使って勉強してくださっています。

「スタディープランナー使っています!」というメールやLINEが僕のところに送ってくださる社会人の方がいらっしゃって、本当にうれしいです!

 

話を戻して、

教育というのは、人間を「みる」ことだと僕は定義しています。

見る、観る、診る、看る、視る。

人を「みる」ことが教育であるならば、教育にいろんな形があり、いろんな分野があるのは当然ですよね。

 

だから、競技かるたも教育になるんじゃないかな~

と思っています。

 

 

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